250.節分(2016-02-08)


2月3日は節分。大寒の終わりに位置するこの節分が過ぎれば立春だ。少しずつ暖かくなっていくだろうか。先月降った雪もほとんど無くなった。春も近そうだ。

東京で初?の豆まき

賃貸マンションで暮らしていたときは外に豆をまくわけにはいかず、豆まきはしなかった。今年はせっかく庭もあることだしと、福豆を購入し外に向かってまくことにした。

IMG_6401l

スーパーに行けば豆を売っているところにお面が置いてあり、自由に持って行っていいとなっていることが多い。豆を買うついでにお面も一ついただいた。夜、妻が帰ってきた後に、コニファーにお面をつけて、それに向かって豆をまいた。

外に向かって投げるときは福豆を、内に投げるのは個包装の豆をまくことにした。もちろん片づけが楽だからである。落花生を投げるというのもあるらしい。たしかに落花生であればまいても片付けやすく、殻があるからまいたあとに食べることもできる。

その後、作った恵方巻をおなかいっぱい食べた。私は静岡出身なので、それこそコンビ二やスーパーが大々的に売り出すまで恵方巻というものを知らなかった。食べるときに向く方角があったり、切らずに丸かぶりするとか、途中でしゃべってはいけないとか色々なルールがあるようだが、もともとは海苔屋が消費拡大のために始めたという説もあるらしく、もうすぐ来るバレンタインに近いものなのだろうか。

何はともあれ寿司好きな我が家にとって「寿司を食べる機会」として、流れに乗っかっている感は否めないが、豆をまいたり一緒に食べたりと会話が弾み、楽しいひと時を過ごせたのだからいいとしよう。

節分終わって

節分が終わると次はひなまつり。先週我が家もお雛様を出して床の間に飾った。

IMG_6402l

小さな床の間だが、ぴったり収まった。コンセントもあるので、雪洞にも明かりをつけることができた。小さくてもいいから床の間が欲しい!とお願いしたのは、ほぼほぼこのお雛様のためだった。子どもはお雛様がお気に入りらしく、ちょいちょい見に行っては、内蔵されているオルゴールを鳴らしている。

床の間に入っているためリビング側からはあまり見えない。和室をリビング側から見たときに右奥に床の間があり、その手前が押入れになっているため、陰になっているのだ。そのため和室に入らないとちゃんと見れないのだ。普段あまり和室に行かない子どもも、このときばかりはちょこちょこ入っている。朝起きてすぐに見に行くこともあるくらいだ。3月3日まで1ヶ月弱、子どもにとってちょっぴり特別な場所になるだろう。

お家訪問2件目!

そんな中、一条工務店のTさんから電話があった。我が家を見学したい方がいらっしゃるようだ。もちろん我が家としてはぜひぜひ来てもらいたいのでその場で快諾した。前回訪問してくださったご夫婦は、あの後契約成立となったようだ。我が家の訪問がどのくらい影響があったのかは分からないが、少なくとも悪い印象はなかったのだろう。

今回は床暖房が入っているので、そのあたりもお話できればと思っている。家中どこでも寒くない、窓際も気にならないというところを感じてもらえれば嬉しい限りである。というわけで、しっかり片づけをして、家中掃除をしておかなければ。

しかし、結構お宅訪問というのは多いのだろうか。我が家は引き渡し前のお宅にお邪魔したことはあるが、実際に住み始めたお宅への訪問はしなかった。カタログや展示場では分からない「実際に生活してどうか」と言う部分は、やはり気になる所ではある。

私としては前回同様、今回も住んでみての感想を婉曲することなくお話するつもりだ。ただ、「ここは不満!」というポイントが無いのも事実なので、口止めされているように感じるかもしれない。ここはもうちょっとこうなっていた方がよりいい!みたいな所はあるので、そういうところも隠さずお話しつつ、採用してよかったオプションや、採用しておけばよかったオプションなども話していこうと思う。

突然のお別れ

今年も1ヶ月があっという間に終わり、楽しいイベントや行事がたくさんある中、悲しいこともあった。

IMG_6308l

我が家で飼っていたモルモットが4日に亡くなってしまったのだ。5年から8年ほど生きると言われるモルモットが、2歳の誕生日を前に生涯を終えてしまった。病気でもなく、事故。いや、事故でもなく私の過失である。ほんの不注意によって、尊い命がなくなってしまったのだ。

彼は、ほんの少しでも幸せを感じることがあったのだろうか。我が家に来て、楽しいとか良かったとか感じることがあっただろうか。こんな終わりを迎えたことに、絶望を感じただろうか。あの日からずっとそんな問いが頭の中をグルグル回っている。

何をしても、あの小さな命は帰ってこない。ニンジンをねだるあの声ももう聴くことができない。空になったケージからは何の音もしなくなった。ペットを飼うということに命に対する責任があるということを少し忘れかけていたのかもしれない。

人間の勝手によって人生を決められた彼。せめて天に昇ってからは静かに、穏やかに過ごして欲しいと祈ることくらいしか、私にできることはないだろう。ごめんね、モモちゃん。安らかに。


スポンサーリンク
↓よろしければ、ランキングの応援をよろしくお願いします!↓
にほんブログ村 住まいブログ 一戸建 一条工務店へ にほんブログ村 家族ブログ 主夫へ

3 thoughts on “ 250.節分(2016-02-08)

  1. こんにちは
     ももちゃん、残念でしたね。
    うちもにゃんこを飼っているので 命について考えさせられました。
    ただ、あまり自分を責めないでください。
    ももちゃんは幸せだったです。 短い命でも精一杯生きたと思います。涙

    うちは入居宅訪問一度も来ません。 もう来なくていいかも。

    • グラスママ様

      ありがとうございます。
      命の扱いというものは難しいものですね。
      きっと、何かを得てくれたと願っています。

      入居宅訪問、営業さんに「どんどん呼んでください!」ってお願いしていたからですかねー。
      意外と来るものだなーと思っていたんですが、我が家は特殊な方なのですかね??
      大掃除、頑張らなくては!

Leave a Reply to グラスママ Cancel reply